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-よみもの-

「あなたのおいしい記憶」エッセー、作文コンテスト2020 エッセー部門優秀賞

太巻き弁当のヒミツ

私は友達に、そして母に、とても怒っていた。それは小学一年生の初めての遠足の日のこと。何の変哲もない公園に歩いていき、帰るだけの遠足。お弁当がお楽しみの頂点の時間だった。お昼の時間になり、芝生に皆が色とりどりのピクニックシートを敷き、私は仲良くなったばかりの友達とともに座った。リュックサックの中から取り出したるは母の手作り太巻き弁当。包みを広げたその瞬間、友達がその弁当を指差して叫んだ。「あ!買ったお弁当だ!」。私は驚いた。これは母が朝早起きして作った弁当だったから「違うよ、お母さんの手作りだよ」と反論したが、彼女は「いれ物もお店のものだよね」とたたみかける。確かに使い捨ての容器に入っていた。私は反論を続けたが、結局「嘘つき!」との一言により、沈黙で終わった。帰りの足取りは重く、帰宅するやいなや母に「もう二度と太巻き弁当は作らないで!」と言い放った。母は何事かがあったとは察している様子だが、深く追及してくれなかった。しかも母は、それ以降も小学生時代はずっと、遠足に太巻き弁当を作るのをやめなかった。確かに太巻きは好物だったが、母は私の気持ちを理解していないという苛立ちがどんどん募っていった。
ある休日、卵がじゅーっと焼ける音に誘われ軽やかに台所へ向かうと、母がテーブルにたくさんの食材を並べ、料理をこしらえていた。エビやきゅうり、にんじん、でんぶ、甘辛く煮た干瓢などなど。母は次々とご飯に具をのせて巻いていった。きゅっとにぎった黒く艶やかな太巻きを包丁でスッと切る。切り立てをひょいとつまんでみると、そのまあるい切り口には様々な色があふれ、たくさんの種類の食材がひしめきあって、まるで世界がギュッと詰まっているかのようだった。母が太巻きを大皿に並べていると、台所に父がやってきた。「お、太巻きか!いいね!お母さんはプロのシェフ並だからね!」と笑顔で太巻きをひょいと口に放りこんだ。そう、母は料理が大好きで、全ての料理を手抜きせず一から自分で作っていた。材料にもこだわりがあった。そうか、思い返してみれば、仕上がりが綺麗すぎて、当時七歳の子供にはそれが手作りに見えなかったのだ!謎が氷解して、私は母に問いかけてみる勇気を得た。なぜ、太巻き弁当を作り続けたのか。すると母は、こう答えた。「酢飯だからもつし、食材がいっぱいで栄養もある。あなたは食が細いし食べるのも遅いけど、一口で食べられるでしょ」。そんな配慮があったとは全く気がつかなかった。でもせめて、あの容器でさえなければ誤解を防げたかもしれない。そこでさらに尋ねると「だって、少しでも荷物が軽いほうがいいでしょ」。すべては母の思いやりだったのだ。そうとも知らず、何年も忌々しく思っていたとはなんと恥ずかしい。しかもこの遠足の日はスナップ写真に残っている。友人の横で頬をぷうと膨らませている私。あの両頬には私の幼い浅はかな感情と、優しさいっぱいの太巻きが詰まっていたのだ。

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