
Readings
-よみもの-
「あなたのおいしい記憶」エッセー、作文コンテスト2020 エッセー部門優秀賞
焼芋
「焚火だ、焚火だ、落葉焚…」
秋が深まる頃になると自然に口ずさんでいる私の好きな歌だ。歌うにつれて、これまで焚火を囲んだ人達との笑顔いっぱいで食べた焼芋の匂・味・食感までもが走馬灯のように浮かんでくる。
昭和の終わり、私は田舎町の小さな中学校の教師だった。当時は「ゆとりの時間」という机から離れて生徒と時間を共にする授業が設けられていた。「ゆとりの時間」の中で、さつま芋の苗植えから収穫までを行い焼芋をする収穫祭を計画した。林と平地の多い地域で、さつま芋がよくとれたのだ。
ついに収穫の時がきて、秋晴れの朝から焚き木を集めて焚火を楽しみ、下火になったら自分のさつま芋を火に中に入れる。焼きあがるまで全校生徒でスポーツをして、最後に残り火を囲んで焼芋をほうばった。
「あっち!」「あちっ!」弾ける笑顔に包まれながら食べる焼芋は、運動後の心地よい疲労感も相まって格別だ。教師と生徒の関係が解れおいしさを喜び合う空間は、年間を通した「ゆとりの時間」の成功も感じさせ、私をいっそう嬉しくさせた。
平成のはじめ、双子の孫が生まれた。同じ年、築百年以上の古民家から老後を見据えた新しい家に移った。庭続きに畠のあるその家で、年末に帰省する息子家族と夫とで焼芋をするようになった。
パーキンソン病を患っていた夫は、十二月に入ると少しずつ焚木を集め始める。止めるように声をかけても聞く耳を持たず、焼芋を焼くにしては充分すぎるほど焚木を積んで、孫の帰りを待っていた。
焚火好きの息子は、焼芋を一手に引き受けて、夫の薬が効いた時間を見計らって焚火をする。孫は畠を駆け回る子、じっと焚火を見つめる子と様々で、夫はちょくちょく火を棒でつついては「危ない!」と息子に注意されても、嬉しそうに焚火を楽しんでいた。
家族で食べた焼芋には、先端が炭化してしまうものもあったが、その苦味も含めて家族全員が無事で年越しができたことを証明する幸せの味であった。
夫が亡くなってまもなくして、市政で焚火が禁止となった。焚火で焼いた焼芋は、思い出の中だけで味わうものとなった。
今では、趣味の仲間と石油ストーブの上で、細いさつま芋を焼きながら会話を弾ませている。やがてこの焼芋の味も、忘れ得ぬ味になっていくのだ。
歳を重ねるごとに、さつま芋を焼く環境も、一緒に食べる人も変化してきた。どの瞬間を思い出しても幸福そのもので、私にとって象徴的な食べ物だ。さつま芋が蔓をたぐると連なってたくさん実っているように、これからもかけがえのない思い出が続いていくのだろう。
INFORMATION
焼芋
作・社員の家族
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