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-よみもの-

第14回「ゆげが ごちそう」

今年も新春早々から、豪雪被害が報じられてきた。
地球規模で英知と行動を結集し、牧歌的な四季に戻さねばの願いを込めて。

1960年代。高知市内のアーケード繁華街では、方々の店先で湯気が噴き上がっていた。
冬場の郷土料理「蒸し寿司」を仕上げる蒸気窯からの湯気だった。
「こどもは風の子、外で遊んでこい!」
親に言われた子は、商店街を目指した。
蒸気の柱が林立したアーケードで、片っ端から蒸し寿司の窯に手をかざして回った。
湯気の暖と、甘酸っぱい香り。
「おとなになったら、これを食べに来たいにゃあ」と、こどもは生唾を呑み込んだ。

東京生まれのカミさんも、真冬の小学校登校時、店先に出ていた暖に触れたという。
蒸し寿司ならぬ「肉まん」の蒸かし器だ。
時代は1970年代初頭。
当節ではコンビニ冬の定番品だろうが、70年代は店先に出して、立ち上る湯気の暖と香りで、誘っていたようだ。
つい先日の厳寒日、たまらなく蒸し寿司を食べたくなった。
が、いまでは郷里ですら大半の店では、品書きから失せてしまった。
幸い、カミさんは冬季高知で、何度も蒸し寿司を賞味していた。
「うちで作ってみようか?」
異論あろうはずもない。
調理道具屋に出向き、小型正方形の蒸籠をふたつ買い求め、調理に取りかかった。
五目寿司を下敷きにし、しいたけ・かんぴょう・グリンピース・薄切りかまぼこ・タイそぼろを混ぜ合わせる。錦糸たまごを散らして形が調う。
その蒸籠を蒸し器に納め、強い蒸気で蒸し上げる。
「しいたけ・かんぴょうは甘がらき味にして、しっかり味を染み込ませるのがコツぞね」
蒸し寿司店のおかみさんから教わった。
「蒸し上げに、短気は損気やきに」
これで仕上がりと思ったあと、さらに追加蒸しを加えなさいとも、教わっていた。
蒸し上がるまでを使い、椀を仕立てる。
タイそぼろには馴染みの鮮魚屋さんで求めた、新鮮なタイのあらを使う。骨の身を剥ぎ取り、甘がらく煮て、そぼろとする。
骨はうしお汁のダシだ。冬の青物(小松菜、三つ葉など)に、薄切りかまぼこの残り、そうめんで、うしお汁を仕上げる。
手間さえ厭わなければ、安上がりだ。
「あつつッ」と言いつつ蒸し器のふたを取ったとき、内に溜まっていた湯気が、ぶわっと噴き上がってくるが。
湯気は冬の魔法使い。恩恵を享受したければ、手間を惜しまぬのが秘訣だ。
常温でも美味い五目寿司。蒸し上げられると酢飯も具も、格段に美味さを増してくれる。 蒸し寿司には箸より匙がいい。
こんもりすくったほかほか酢飯が放つ「ゆげがごちそう」。

INFORMATION

キッコーマンが応援する、食にまつわる楽しさやうれしさをつづっていただく「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト。
そのコンテストに寄せて、直木賞作家の山本一力さんが書き下ろしたエッセーをお届けします。

第14回「ゆげが ごちそう」
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